KCC for OB

慶応クルージングクラブOB会

Category: OB艇紹介

OB艇紹介 ブルーリボン号

ブルーリボン号の紹介 【 1972卒 岩崎均 】

1.  1980年代

  • その当時、KCC・OBの一部連中が、先輩ヨットマンの蛯名毅氏所有のアレキサンドラ号にクルーとして、セーリングをして楽しんでいました。

船内にはFM番組ジェットストリームやFEN放送が流れていたりして、KCCの鍛練の場の雰囲気とは違っていました。

湘南の陽を浴びてのメンズクラブ風のヨットライフを味わっていました。

  •  ただし、仲間たちとの間には、自分達だけでクルーザーを持ち、外海を航海したいと言う望みが大きく膨らんで来ておりました。

1号艇「ブルーリボン号」/木造・ヨール・28f・設計 横山晃/横浜市民ハーバー

  •  そんな折り、すでにネオパトス号を主軸に活動していたKCCから、元の旗艦練習船、セールナンバー157「ブルーリボン号」を譲って頂けることになりました。

そのまま、横浜市民ハーバーのブイに舫うことにしました。

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【ブルーリボン1号艇 リーフをしての帆走】 ここに、「ブルーリボン号」グループが発起したのですが、残念ながら当の船は老朽化が進んでおりました。

  •  ブイに係留したまま、ときを過ごしていた時期でもあったのです。
  •  ほどなく、是非ともこの「ブルーリボン号」を山岳の雲海に浮かべたい方が現れて、そのひとへ手放すことになりました。あれから35年がたち、譲渡先の八ヶ岳ヴィラ・アフガン(レストラン)には今でもマストは健在で、夜は照明が灯り客人の道しるべとなっています。また、ご主人の取り計らいで当時の部品なども保存されているそうです。近くに行った際は、ここへ立ち寄るのも一考でしょう。カレーが美味しいそうです。

2号艇「オリエンタルウィンド号」/ヤマハモーターセーラー23/諸磯湾

  •  前述の時期に相前後して、諸磯湾に空きブイの情報を入手しました。油壷付近を根城にしたかったので、良い機会を得たとばかりに、このバースを使用することにしました。但し、係留していた元の艇名にしなければならない条件がありました。
  •  当時、京浜急行線鉄橋上からも見ることができた多摩川の河口方面・川崎市側に船着き場ありました。そこで見つけたのが、中古艇ヤマハモーターセーラー23だったのです。
  •  早速、購入の上、多摩川から諸磯湾へ回航し、「オリエンタルウィンド号」として係留しました。
  •  モーターセーラーの割にエンジン馬力が弱く、セーリング能力は期待ほどではありませんでした。せいぜい油壷湾口から数マイル程度の沖合を航行するしかなく、ファミリーが乗るには少し不安がありました。

 

2.1982年代

3号艇「ブルーリボン号」/ニッサン30/佐島マリーナ

  •  相模湾を一望にできる風呂付で、夢のようなポンツーン置きである佐島マリーナ  へ移動することにしました。船はニッサン30を買いました。
  •  艇名は、「ブルーリボン号」で皆の意見が一致しました。

KCC伝統のシーマンシップを教えてくれた、あの『ブルーリボン号』を忘れることが出来なかったのです。

  •  先の初代ブルーリボン号のオーナーであった中谷林平氏に伺ったところ、『ブルーリボン』の使用を快諾していただきました。
  •  中谷林平氏から「ヨットが好きで、海が好きな人たちが増えるのだから、ブルーリボンと言う名を使うのは差支えありませんよ」とのお言葉を頂いた時は、シーマンの心意気を感じました。
  •  ここに、セールナンバー157「ブルーリボン号」があらためて船出したのです。
  •  中谷林平氏のご子息がブルーリボン2世、そして現在はブルーリボン3世を油壷湾に所有されております。
  •  クルージングを楽しむのに適したこの船では、相模湾、西伊豆下田近海を家族と一緒に航海しました。

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【ブルーリボン3号艇ニッサン30船上で一服(三橋)】

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【上架中のブルーリボン3号艇ニッサン30】

 

3.1992年代

4号艇「ブルーリボン号」/T301・設計 高井理氏/佐島マリーナ

  •  次の船として、レース派も楽しめて、ファミリークルージングにも適応できるT301を選びました。

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【ブルーリボン4号艇T301佐島マリーナ進水式にて】

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【ブルーリボン4号艇T301進水式神事】

  •  ドッグハウスや、ハル、バラストなどの形状はレース向きに高井氏による独特のデザインです。

また、舵利きは敏感に反応するし、セーリングテクニックを楽しむのにも向いている船です。ローカルレースなどでは賞を頂くほどの戦績を残しています。

  •  キャビン内には円テーブルがあり、このテーブルを囲みながら仲間たちとの飲食歓談は大いに盛り上がったものです。

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【ブルーリボン4号艇T301房総クルージング(鈴木、福田、辰巳の3ファミリー)】

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【KCCカップのブルーリボン4号艇(石森、狩野、辰巳、駿河、小田、石川)】

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【ブルーリボン4号艇仲間たちと(辰巳、目賀田、岩崎、藤原、石森、駿河)】

4.1996年代

 同艇/横浜ベイサイドマリーナへ

  •  この頃から、佐島マリーナが管理料を値上げしてきました。すったもんだの交渉をしましたが、うまくいきませんでした。
  •  運よく、横浜ベイサイドマリーナが開港し始めたときで、比べると安く利用できることから、引っ越しをすることにしました。
  •  移動先は大きなクレーンと立派なポンツーンがあり、セキュリティーもしっかりしており設備としては十分すぎる程です。ここでも水置きにしました。
  •  東京湾を航行する外国船やフェリーの合間をセーリングしました。
  •  マリーナとはアクセスも便利で環境も申し分ありませんが、相模湾への思いは募るばかりでした。

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【横浜ベイサイドマリーナに係留するブルーリボン4号艇】

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【八景島マリーナに係留する4号艇(鈴木ご夫妻、辰巳)】

 

5.1998~1999年代/新艇建造計画期間

 T301も爽快な帆走をする艇ではありましたが、遠出をする為の居住性や安定感はいまひとつだったので、新艇への代替を進めるための計画期間を持ちました。

 

6.2000年代

5号艇「ブルーリボン号」/Seam31CR(1号艇)・設計 横山一郎氏/油壷三崎マリン

  •  初代ブルーリボン号の設計者横山晃氏がご父君の横山一郎氏設計によるカスタムメイドの船です。職人気質の堅牢なヨット造り名人、坪井氏が代表のツボヰ造船によるクルーザーがここに完成しました。辰巳君と占部君は、名古屋まで出向き坪井氏とは良い造りの船になるようにと、相談に時間をかけてくれました。

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【造船中のブルーリボン5号艇】

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【ツボヰ造船でのブルーリボン5号艇誕生前】

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【シーボニアで海に浮かべる寸前のブルーリボン5号艇Seam31CR】

  •  クルージングとレースにも満足できる船が進水しました。しかも泊地は、油壷三崎マリンであり、万感の思いでした。

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【油壷三崎マリンに浮かぶブルーリボン5号艇】

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【ブルーリボン5号艇進水式にて安全祈願】

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【ブルーリボン5号艇進水式お披露目会】

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【ブルーリボン5号艇進水式にて(占部、福田、辰巳、鈴木、岩崎)】

  •  この船では、伊豆半島東岸、石廊崎、清水港、伊豆七島の一部や南房総半島のファミリークルージング、レースではトーキョーズカップと小網代カップに優勝し、三宅島レースには2回参戦するなど輝かしい戦歴も残しています。

 

  •  素晴らしい船だけに16年間、今もつきあっています。引き続きこれからのセーリングも楽しみです。

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【AYC四季レースのひとコマ(吉川、山下、辰巳、矢野、飯田)】

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【2010裕次郎カップ、他艇をおさえての勇姿ブルーリボン5号艇】

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【同レース、スピンネーカーでスピードアップ】

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【同レース、小網代沖をクローズで快走】

 

7.2013年代

同艇/油壷特別泊地へ(油壺ボートサービス管理)

  •  故郷に戻って来たときの様に、懐かしさがこみ上げて来ました。
  •  「ブルーリボン号」は、自然に抱かれる心地良さを感じていると思います。
  •  そして、この泊地に係留することができたのも、大勢のヨット仲間によるおかげさまと感謝しております。

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【相模湾をクローズで疾走するブルーリボン5号艇】

 

8.2016年これから

・  若手の新メンバー1名が加入する予定ですが、ブルーリボングループもご多分にもれず高齢化を迎えています。しかし、皆が昔の青春を忘れず、気持ちをひとつにして元気に航海しています。当面は

5号艇を維持していく予定ですが、メンバーが集まると6号艇の話題が間々浮上します。

  •  5号艇にしろ6号艇だろうと、どこかの海で「ブルーリボン号」に出会ったときは、手をふりながら声をかけてくれると、いいな。
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   【東伊豆沖合のブルーリボン5号艇にて。青年のごとき潤いのある笑顔(斉藤)】

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【冠雪を抱く富士山とブルーリボン5号艇】

 

9.歴代・現役メンバー紹介(真偽責任は負いかねます。)

1972年卒 ①吉川誠一 * プロのヨットマン。潮っけが溢れるくらいあり、船にはやさしく人には厳しいです。が、人一倍、まわりに気をつかっています。

同年卒  ②鈴木春仁 * 洞察力に富み、飲み会の場は盛り上げるし、シケの時でも随所に適確な意見を出してくれます。

同年卒  ③岩﨑均  * ポカミスをするのは、生来変わっておりません。

1973年卒    ④大内健一 * 普段は寡黙と思われがちですが、興に乗ると話が止まりません。いつもスターンパルピットのオーナーベンチを定位置にしています。

同年卒  ⑤福田久米三 * 太っ腹は人格と体型、ともに具わっています。

同年卒  ⑥辰巳豊  * グループ運営から船の運航まで、メンバーの校長先生です。

同年卒  ⑦三橋堅一(故人) * 船上作業はマイペースです。また物事にはまじめに取り組みます。

1975年卒 ⑧石森敬三 * 一途なところがあり、ルールに厳しく正義感を大切にしています。

同年卒  ⑨占部祐二 * 粗野なところは九州男児かとご推察しますが、クラーク・ゲーブル似と言われる好男子です

同年卒     ⑩児玉俊一 * ユニークな発想とちょっとニヒルっぽいところが、人を引き付ける魅力となっています。

同年卒  ⑪狩野慎一郎 * 合理的、効率的な発想で率直に意見を述べます。気品がありスマートです。

同年卒  ⑫斉藤卓也 * 一緒にいるときの存在感はピカイチです。保有情報量の多さ、情報の発信力にも優れています。

同年卒  ⑬藤原孝一 * どんな所でも生きられる免疫力と体力を持っているガッツ派です。自己主張が強そうですが、他人の意見を聞く耳は持っています。

同年卒  ⑭目賀田正宏(故人)* 温和な印象でも芯は強く、明るい性格の勉強家です。

1978年卒 ⑮石川雄久 * 頭脳の回転が速く思い切りの良さがあります。荒海への冒険心が豊富でした。

2011年卒 ⑯中島渉 * 2016年度の新メンバーです。仲間の最高齢者とは40歳ほどの開きがあるものの、上手につき合ってくれる包容力がありそうです。

 

― おしまいに、横山晃氏のお言葉を添えておきます。

『ヨットマンは、特に親愛なるKCCの諸君は、OBなどの美名に葬られることな

く、「在学中はアプレンテイスト(見習い生)、卒業したら現役、そして葬式の日

にOB」という位の壮大なスケールで人生計画を立てて欲しい』(KCC20周

年誌より)

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【スピンネーカーを揚げて帆走するブルーリボン1号艇】

END

 

 

 

 

 OB艇紹介《鬼っ子丸》!  

《 鬼っ子丸 》 1968年卒業メンバーから3代

                                 1970卒・伊藤英二 

 

鬼っ子グループ集合写真

 

鬼っ子丸の由来

我々はいずれヨットで世界周航の航海に船出する。その時には船名に“丸”がついていれば世界中の船乗りは、例えエンサインがなくても、ひと目で日本のフネとわかる。

MARU SHIP! これぞ日本船の象徴である。冒険心豊かな日本男児、そして、まわりの若者とはすこし異質であると自負する我々が乗る船の名前は、まわりと異質である子供を意味する“鬼っ子”が相応しいと考えた。それに日本船の象徴である“丸”を付けて“鬼っ子丸”とした。

 

鬼っ子丸シンボルキャラクター

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鬼っ子丸誕生・成長記

KCC OBの鬼っ子丸グループの面々が大学で初めて出会ってから50年余り!何と半世紀を越えています。

大学卒業後社会人になってから、自分たちのフネを持ちたいとの強い思いを実現したのは70年卒業の面々が24歳の時。今後は年齢と同じ長さ(フィート)のフネを持つ!との夢から1972年24歳の時に24フィートのBRISKでした。30歳になったら30フィート、50歳になったら50フィート!と夢は膨らみました。

現在メンバーはアラナナ(70歳周辺!)。残念ながら現在の鬼っ子丸は70フィートではなく、丁度その半分の35フィートのHanse で、艇名の由来である世界周航の夢とともに正に夢は半ばです。

夢は全て叶ってしまうと夢でなくなるので、夢半ばで丁度いいのかもしれません。

50年の長きに亘る鬼っ子丸のメンバーは各々の事情から、メンバーとしての参加の時期も期間も異なりますが3年次に亘る以下の面々です。

68年卒 金子嘉弘・服部芳明

69年卒 北川清・古賀則介・村田守弘

70年卒 伊藤英二・大鳥富士雄(故人)・大野拓司・尾形耕太郎・緒方信次・樫田善太郎・加藤直・鈴木厚次・辰巳重正・日比谷陽一良・

活動場所は1代目から変わらず係留場所である油壺。当時は油壺の係留権の入手は極めて

困難でしたが、KCC先輩の大沢さんのご尽力で、我々が学生時代に管理・運用を任されて

いたダモイの係留ブイを譲り受け今日に至っています。

ご存知の方も多いと思いますが、油壺係留の鬼っ子丸の最大のメリットは、学生時代か

ら慣れ親しんだ京急の赤い小屋(別名オニッコハウス)を我がクラブハウスの如く使えることです。

鬼っ子丸をポンツーンに横付けして鍋パーティーや夕暮れ時にワインのひとときを楽しん

でいます。これがKCC OBの他艇メンバーとの交流にも大いに役に立っています。

そんなひとときと交流が、現在も毎年続いている数世代に亘るKCC OBの海外でのベア

ボートチャーターによるクルージングの実現にもつながりました。

グループの活動は油壺を中心にして、伊豆の島々・伊豆半島・紀伊半島等に及び、

特に夏場のシュノーケリングとソーメンはオニッコ名物でしたが、子供たちも成人した最近は専らオニッコハウスを生かした油壺での宴会に次ぐ宴会です。

 

ほぼ半世紀に亘るフネの所有ですから、現在の鬼っ子丸Ⅶ に至るまでにはグループの所

有艇は以下の変遷を経ています。

1代目: BRISK 武市・村本事務所設計のブルーの24フィート(ツボイ造船)1972年

進水後半年余りで何と2度のデスマストを経験。設計者は設計ミスを認めませんでしたが、ツボイ造船の坪井社長が理解を示して次の2代目の艇と交換をしてくれました。

2代目: NZ T4 ニュージーランドの設計のブルーの24フィート(ツボイ造船)

当時流行のクウォータートンの意欲的な設計で当グループとしては珍しく

レースにも参加していた。

 

3代目: Blue Water 30 武市俊設計 レーサー仕様オレンジ色の新古艇

KCC先輩大沢さんから出物の30フィートがあると紹介され、メンバーの年齢も30歳に近づいていたので乗り換え購入。

鬼っ子丸3世BlueWater30

4代目: ナシ

 

5代目: ハヤシ30 林賢之輔設計の30フィートケッチ (1982年)

鬼っ子丸5世ハヤシ30ケッチ

加藤ボート製で完全なワンオフのカスタムボート

設計者は艇が重くなると反対したが、美しいチークデッキを張ったケッチ

当時熱海後楽園社長の田辺英蔵氏が主催した熱海ケッチレースでは2年連続ファーストホーム。

因みに現在も奄美大島で健在

 

6代目: Sweden Yacht 34 (1995年)

鬼っ子丸6世SwedenYacht34

日本では殆ど輸入実績のないSweden Yacht 34フィートの購入を決めたが、不安と期待からメンバーが建造中にスウェーデンの造船所を訪問。当時海外では珍しかったスターンのオーナーズチェア作成を依頼したり、寒冷地仕様のため窓のないスターンルームに、夏の暑い日本向けに窓をとりつけたりした。

最近のヨットでは考えられないが、ステンレスの故郷であるスウェーデンの金具の素晴らしさは抜群。10年以上経っても金具は錆びひとつ見られなかった。

 

7代目: Hanse 355 (2011年)

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現在は正に夢半ばである年齢半分の長さ35フィートのHanseです。

専ら宴会とデイクルージングに徹しています。

以上

2鬼っ子丸7世真鶴港にて

写真・樫田善太郎

新企画Ⅰ OB艇紹介 第一弾《ハッチャー》!                 

 《 ハッチャー 》 1966年卒業メンバーを中心に上下3代

                           1966卒・馬渡健治 

生い立ちから・・

バカンチェスキー グループの結成

1966年KCC卒業を中心に、上下3代でグループを作り、クルーザーを持とうじゃないかということを決めた。1970年、名古屋でバンデスタッド設計の23フィート合板艇を自作していた人(チタグループ)がハルを完成したところで製作を中止し譲渡したいという話が入ってきた。

「わたりにふね」ということで、鳥羽の作業場に現物を見に行ったところしっかりできていたので購入することとし、横浜の岡本造船に運びこみ、岡本造船の助けを借りながら、デッキ張り、FRPカバーリング、内装(ほとんどなにも無し)、艤装などを自分たちで行い約1年がかりで完成、1972年3月進水、「Buccantcheskii」と命名した。

馬渡氏①

バンデシュタッド23 BUCCANTCHESKII

 

 

馬渡氏② 

進水式 1972.3月

馬渡氏③

船底FRPライニング後のパテ付、サンディング

馬渡氏④

[祝詞]をささげる183先生

このモデルは1963年のYachting Word誌の小型クルーザーOne of a Kind レガッタでも評価が高かった艇(通称バッカニア、現在に至っても新艇を建造するファンあり)で、スリム(7.3mx2.0m)な軽量艇でセールトリムに敏感に反応し、微風、強風、追い風で大型艇を抜き去ることもしばしば、しかし常に集中していないとスピードが落ちるので疲れることおびただしく、鳥羽レースでも途中までは絶好のポジションをキープしていたがそこまでといった具合で、レース成績はまあまあであった。

艇名のBaccantcheskiiは当時出現した水中翼船「バカンス号」、船種「バッカニア」をもじって「バカンチェスキー」とロシア語風に命名、みなさんからバカでチョンボでスキモノの「バカチョン」号と揶揄されました。

 

係留は諸磯、同時にKCC現役艇の係留権を獲得した。現在も諸磯にVaccantcheskiiとしてHatcher外郭仲間が係留。

メンバー:岩片(65年卒)、大澤、井上、小田原、金行、太田、馬渡、勅使河原(以上66年)、須賀、大森、中村(以上67年) 特別参加:伊集院紘

 

 

ハッチャー 購入 小網代へ

在日米国人MR. Richard L. Hatcherと知り合いになった小田原が、1972年5月Hatcher氏が所有し小網代に係留していたモーターボート(34フィート)「はっちゃん号」の共同オーナーとなり、Hatcher氏が帰国したことにより、小網代の係留権を継承した。

馬渡氏⑤

Hatcher氏所有モーターボート。いすゞのトラックエンジン100PS、クラッチ付。

 

Buccantcheskiiは面白い艇であったがメンバー全員が乗るには小さく、もっと楽な艇を求める声も強くなったので、1975年にDUFOR30「アルページュ」(東レがノックダウンで製造した艇)を購入し、モーターボートに代えて小網代に係留した。艇名は係留権引継ぎをスムースに進める為変更なしとし「はっちゃん」で申請したが手違いで『ハッチャー』になった。

アルページュは、ハーフトンカップのウィナーであり、1974年に太平洋横断シングルハンドレースで完走した名艇で、その美しいワイングラスセクションのライン図は、戸田孝昭氏の名著「線形と線図」にもお手本として取り上げられている。

卒業して約10年、家族の増えたメンバーも多く、活動はクルージング中心となった。とにかく夏休みになるとまず手の空いたものが下田まで回航する、そして下田をベースに新島、式根島或いは中木、雲見、仁科、田子など西伊豆に毎年クルージングを楽しんだ。1991年には念願の[千貫門]くぐりも記録した。(後輩には勧めません)

メンバーの子供にはこの艇育ちが多い。大澤美紀(ハッチャーと同じ1975年生れ)、大澤光正、金行美和、小田原慎、馬渡千波、馬渡志帆達で、彼らや彼女たち一家が現在は重要クルーメンバー兼介護ヘルパーとなっている。最近は孫の代も参加、年齢差60歳でKCCレースに参加している

馬渡氏⑥

馬渡氏⑦

馬渡氏⑧

1991年 西伊豆 千貫門くぐり         上下両方にワッチが必要

 

 

馬渡氏⑨

2代目ハッチャー  デュフォー30 アルページュ馬渡氏⑩

ミスフランスのこんな船型です

 

馬渡氏⑪1978年ごろ

馬渡氏⑫  コクピットで宴会 1981年

 

 

アイランドパケット32

2003年、2代目『ハッチャー』もオーナー達も高齢化し、自分たちは若返れないが艇は若返り可能と代替えが検討された。そこで見つかったのが現在の3代目、米国製アイランドパケット32、1992年生れの中古艇であったが、値段も手ごろで、なんといっても居住性抜群!!! 風が無ければエンジン、のぼりは機帆走、泊まれば宴会という遊び方には最適ということで購入。セーリングパフォーマンスに不満の声がたまにあったりするが、なんといってもクルージングが楽で、皆齢を顧みずクルージングを楽しんでいる。

強風での居住性は抜群、他艇に比べかぶらない、ブローチングしない、リーフは一番最後、ビニトップ&ドジャーで日焼けしない、豪雨でも濡れないがウリですが、アメリカサイズの苦労も、メンスルのピークが高くにシャックルがつけられない、コックピットで反対側に足が届かない、キャビンで掴まるところが高く・遠く這い這い移動、冷蔵庫も奥まで手が届かないなど、など。

 

現Hatcherのクルーズ記録は、

2005年 下田・神津島・新島

2006年 五カ所・志摩ヨットハーバー 久々の遠州越え

2007年 下田・式根島・新島

2008年 下田・安良里・妻良・下田お祭り

2009年 新島・三宅島

2010年 式根島(吹き江・野伏)・三宅島・八丈島

馬渡氏⑬

 

八丈島 神湊港

馬渡氏⑭

街中に咲くブーゲンビリアが綺麗だった

2011年 大島(野増)・式根島・下田・伊東

2012年以降はメンバーが減ってしまったので自粛モード、でも2013年には鋸山登山と体力テストを行った。

 

馬渡氏⑮

ミスアメリカの血筋 Island Packet 32

 

今日のメンバー

グループ結成時のメンバーの内すでに4名(太田、小田原、金行デンチュウ、伊集院紘)、押しかけクルーの形山ラッコが先に川を渡って冥途クルーズに行ってしまったが、各家族も含めてにぎやかなメンバー構成になっている。

岩片卓夫(ほら吹きどんどん 英語塾の先生)・美冶子

大澤浩吉(マルコポーロ船主 昔チビタ今大澤P・おとうさん)・輝美・美紀(長女:岡田美紀=ねぶた)・光正(セール屋さん)・涼子・雄帆(孫 ジュニアセーラー、バレーダンサー)

浅枝 幹雄(956 クマゴロー)

井上詔三(183=イヤミせんせい、今でも大学の教授)

金行陽子・美和(福田美和=ハエトリーナ)・福田亨・りょう、ゆう(チャンチャンバラ兄弟、ラガーマン)

小田原和歌子(ワッコさん、元BAのチーフCA・慎(電通ヨット部)

馬渡健治(グズケン)・千波(長女、六角千波)・六角祐一(コンサルタント・ばいきんマン)・六角帆花(孫)・馬渡志帆(次女、エステティシャン)

須賀光一郎(昔はサンスケ、今スーさん シーボニアマンションオーナー)

大森孝成(昔からタロー、優秀なバウマン)

四元俊郎(押しかけクルーから現在メンバー、若干60歳、働き者、KYCお祭り委員長)

合計11ファミリー、総勢24名の大世帯です。KYC(小網代ヨットクラブ)夏まつり(今年2015年は、8月22日、にみんな集まります。

 

ハッチャーのレシピ

昔から艇内で食事を作り、泊まる習慣なので、食事のメニューも豊富です。

カルボナーラ丼、セロリジャコまぜご飯、トマトチャーハン、からすみスパゲティー、コールスロー、ブイヤベースなど、など

でも一番の絶品は「クサヤ納豆めし」につきます。このクサヤは新島の老舗「菊孫商店」新島本村3-1-2 04992-5-0052 のムロに限ります。

 

バミー族(Hatcherに集まる ウワバミのバミー女族)

どうゆうわけかバミー族が酒と料理のにおいを察し襲来します。夜行性、朝から焼酎、時折ウワバミ状態での返品に苦労します。

新福朋子(大澤美紀同級生・PUKU、バミー族長)

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